田主丸は「たのしまる」


 福岡県の県南部、大分県と佐賀県に挟まれた『くびれた腰』の辺り、九州一の大河・『筑紫次郎』こと筑後川の中流域、巨峰と植木と河童伝説の町・・・・田主丸(たぬしまる)。その町名の由来には思わぬドラマがありました。


 若竹屋酒造場のある田主丸町(たぬしまる)とはいかにも愉快な名前の町です。ところが良く聞いてみると、地元の人は『たのしまる』と発音しています。じつはこちらのほうが表記よりも町の由来を正しく伝えているのです。

 その昔、ある豪族に属していた一人の青年がこの地へと流れて来ました。彼の名は『菊地丹後入道』。彼の一族では内部の権力闘争が激しく、暗い権謀策術に悩まされ心休まる日々を送れずにいました。争いを好まなかった彼は一族を離れ新天地を求めて旅立ちました。長くつらい旅路の果てに彼がたどり着いたところは、暖かな日差しが降り注ぎ、大河の恵みを存分に受けた肥沃な土地でした。人々は暖かくおおらかに彼を受け入れました。土地の人は慎ましやかに、けれど満ち足りた様子で日々を過ごしています。

 …ああ、ここには争いはないのだ、この地では人を疑って過ごす昼や、身を守るための刀に重い鎧は必要ないのだ。人々はおだやかに私を迎えてくれる。風は涼やかに私を許してくれる。求めていた世界はここにある。私は私の全てをこの地に与えよう。刀を捨て、鍬を持ち、この地で土に生きる者として生まれ変わろう…風の優しさに触れ、大地を踏みしめ、天をあおいで彼は決意します。

 彼は今まで培ってきた知識と技術を駆使し、村人の協力を得て125間の町筋を創建しました。時に慶長19年10月20日。

 …私はこの地で生まれ変わった。そして人は楽しく生きる為に産まれてくるのに違いない。『我、楽しゅう生まる!!』…
 そうして彼が手に入れた往生観「楽生(たのしく、うまるる)」が『田主丸(たのしまる)』の由来になったといいます。
 開祖のおもいが生き続けているのか、田主丸の人々はいつも楽しげに暮らしているように見えます。


たのしまるに遊びに来たいと思った人は
リンク集の地域情報を参考にしてみてね。

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